【東海道新幹線殺傷】被害者やJRから加害者への賠償請求は認められる?
今月一番衝撃的な事件だと思います
東海道新幹線の車内で無差別殺人事件が起きました
本件は、被疑者についての精神鑑定が行われる可能性がありますが
もし報道されているように、被疑者の精神疾患が発達障害のみであるならば、
おそらく責任能力がなかったという結論にはならないと思われます(責任能力が否定される場合の病名の大半は統合失調症です)
今後は、殺人罪・殺人未遂罪の被疑者として捜査が続けられ
公判請求(起訴)されるものと思われます
本件については、動機が刑事裁判では注目されることになるでしょう
今回は、ちょっと違った角度からこの事件をみたいと思います
被疑者は、被害者・被害者遺族とJR東海に対して損害賠償義務を負う可能性が高いです
亡くなられた被害者の方に関する賠償金ですが、
被害者ご遺族は、被害者が将来得られたはずの収入の補填(逸失利益)や慰謝料等を請求できることになります
この逸失利益は年齢や所得によって金額が変わります。
慰謝料は被害者の家族構成や年齢によって増減があり得ます
殺害された方が、ご家庭を持つ働き盛りの会社員だった場合、5000万円は下らない賠償額になるでしょう。
さらに、今回の事件によって、多くの新幹線の欠航や遅延が生じたはずです。
そのため、東海道新幹線を管理運航させるJR東海からも賠償請求を受ける可能性があります
2007年に認知症の方が列車事故を起こしたケースでは、JR東海が家族に約720万円の損害賠償を求め提訴していますので
新幹線の運航を妨害した今回のケースでは請求額は1000万円を超える可能性があります
とはいえ、現実問題として、22歳の被疑者にこれほどの多額の賠償金を支払う資金体力はないでしょう
そして、成人ですから年齢的観点からは責任無能力者ではありません
それゆえ、未成年者の監督義務者として両親に賠償請求をすることも難しいでしょう
では、被疑者が発達障害という報道もありますので、この事情をもって、親族に賠償責任を負わせられる可能性はあるでしょうか?
前出の認知症の方のケースでは
認知症の夫が「精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある」責任無能力者であるとして(民法713条)
配偶者と子が認知症の夫が不法行為を行わないよう監督する「監督義務者」にあたり賠償義務を負うとの主張がされました(同714条1項)
(最高裁は、配偶者と子の責任いずれも否定しました)
同様のロジックで、被疑者の両親、養子縁組をして同居していた祖母、同居の伯父に「監督義務者」として賠償責任を負わせられるのか
細かい事情が分かりませんので、報道ベースでの推測を簡単に説明させていただきますと
まず、発達障害というだけでは、そもそも「精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態」にあるとはいえないでしょう
それゆえ、被疑者の責任能力は認められる可能性が高いものと思われます
その裏返しとして、被疑者が責任を負う以上、「監督義務者」となる可能性のある被疑者の両親、祖母、伯父らは基本的には責任を負わないことになります
なお、仮に被疑者が責任無能力であったとしても
同居しておらず連絡もほとんどとっていない両親は「監督義務者」にはならないでしょうし
祖母や伯父についても、単に同居しているというだけで直ちに「監督義務者」となるわけではありませんので
いずれにせよ親族に損害賠償義務を負わせることは困難だと思われます
さらに最近のネット上の投稿の中に、
被害者に対して、荷物検査などを行わなかったJR東海が賠償責任を負うべきという主張がありました
確かに金属探知機を使った荷物検査をしていれば
今回の凶器のナタを発見することはできたはずです
しかし結論としては不法行為責任は負わないと思われます
JR東海の合理的な裁量の範囲内であって、金属探知機を設置しなかったことをもって不法行為にはならないものと思われます
このように法律論からしますと、被害者のご遺族やJR東海が
金銭請求を行うとしても
22歳の被疑者の資産はあまり当てにならないでしょうし
また今後の稼働も期待できないので
やはり請求は困難ということになるものと思われます
被害者もJR東海も救済されないという結論は心苦しいのですが・・・
とはいえ、法律上の義務を負わないとしても
道義的な義務として、親族が賠償をすることはあり得ます
今後、被疑者側の親族がどのような対応をしていくのか
という点にも注目していきたいと思います